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11月21日

午後2時過ぎの遅い出猟です。昨日のデントコーン畑に行くと刈り取られて姿を消していました。カラスの群れが落ちているトウモロコシの粒を啄ばんで居るけれど、これでは近づけないので手出しが出来ません。仕方なく別のデントコーン畑を見に行くとこちらは刈り取りの真っ最中でした。結局昨日一番初めに鳥屋を張った近くで待ち伏せをすることに。30分位するとカラスが飛んで来て木の実を一生懸命食べ始めたが、これまた葉っぱと枝が邪魔して当たりそうもないので、移動するのを待って居たら、仲間が2羽来て木上で餌を争いを初めてついには3羽共居なくなり、時間的にも塒時になったので諦めて終わりにしました。

初狩

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9時過ぎにゆっくり家を出て、浅利明神にご挨拶してからカラスを探してうろうろ。3ヵ所で鳥屋を張って最初の鳥屋ではハシボソが居たのですが、葉っぱが繁っていて葉っぱ越しに撃ったのですが、弾は届かず、2ヶ所目は止まり木の真下に鳥屋を張ってハシブトが来たので上を向こうとした所で気付かれて逃げられ、3ヶ所目は デントコーン畑のハシブトを狙ったのですが、昼には家に帰る積もりなので時間切れで諦め、デントコーン畑の周りを歩いていると木ノ上で鳴いているハシブトが居て近付くと鳴き声が警戒に変わったので、そこで少し後戻りして物陰に隠れて距離30メートルで右下からの胴体撃ちで、背骨を撃ち抜きました。

安全祈願

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先週の日曜日が解禁日でしたが、午前中雨のため、初狩はあきらめて今日が解禁日になりました。今年は空気銃で勝負です。 狩猟の方はお諏訪様にお願いするとしても安全祈願は矢張り浅利明神しか無いでしょうから、先ずはいつもの様にご挨拶に来ました。ご神体である浅利信種は武田信玄の配下の侍大将で、武田軍が小田原城下に放火して甲斐に引き上げる途中、ここ三増(みませ)で待ち伏せていた北條軍と一戦を交えた三増(みませ)合戦の折、武田軍の殿(しんがり)を勤めていた武田二十四将の一人で、この時馬上で鉄砲で撃たれて此の地で亡くなったそうです。 この為、鉄砲の事故防止には絶大なご利益があるのです。特に物陰に隠れて居る所をイノシシと間違われて撃たれない様にお願いしました。神奈川県では当然でしょうが、日本でもこんなご利益の有る神社は無いでしょう。 右側の立て札に由緒が書かれていますが、その中に骨壷の話が有るのですが、全く関係ない話でしょう。此の時、武田軍は三増峠で待ち伏せしていた北條軍の中を強行突破している所で、こんな時に荼毘(だび)に付す時間は無いでしょう。直ぐに曽根内匠が代わって浅利隊を指揮して三増峠を越えています。

ハヤブサその2

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久し振りにハヤブサを見に行くと見当たらず、近くで良く見ると物陰に隠れていました。目が合った 所で一枚。